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広島平和記念公園ガイド参考マップ≪国別・都道府県別・職種別・樹木別・樹木編≫

 

※「被爆樹木標識」読み方例:頼山陽史跡資料館内の被爆クロガネモチ S04b201は、S/04/b/2/01と区切って

爆心地からの方角S(サウス:南方向)、爆心地からの距離0.4km、移植された樹木はb・されなかった樹木はa、樹木番号は2、その場所でのその樹木の本数は01本。

 

 

※「被爆者の森」:1989年の国際平和年にちなんで日本原爆被爆者団体協議会から贈られた各都道府県を代表する樹木が植えられた。(2015年9月現在全ての樹木確認済)

場所は、広島平和記念資料館前の平和大通りを東へ徒歩約40分の所、平和大通りを挟んだ両側緑地帯の北27・北28,南25・南26の4区画にある。

北側を歩いて行き、もみじ饅頭の「にしき堂」を越えて「駅前通り」を渡ったところが北27区画にあたる。「福山通運」前あたりに案内板あり。

 

※「被爆アオギリ」:1933年に当時広島逓信局中庭に植えられた。その後1945年に被爆し(爆心地より1.3km)爆心地側の幹半分が熱戦と爆風により焼けてえぐられたが、その傷跡を包むようにして成長を続けている。1973年5月に現在地の広島平和記念公園東館北側に移植された。

 

※「被爆アオギリ二世」:2000年に親木から約10m離れた植え込みの中で自然の実生から育った「被爆アオギリ二世」と確認できる苗木が見つかり2003年3月19日に親木と同じ場所に移植された。

 

※「焦土に咲いたカンナの花」:本館出口付近に展示されている(2015年現在)写真で1945年9月に朝日新聞社カメラマンの故松本栄一氏が撮影。

爆心地から北約800mの歩兵第一補充隊(旧二部隊)〈現基町小学校校庭南門付近〉の焼跡に芽を出した。慰霊碑ー原爆ドームの軸線上にある。

広島平和記念公園内では元安橋を渡ったオープンカフェ南側の、2015年に新しくできたカキ船かなわ前辺りに咲いている。(被爆カンナかは不明と植物公園の見解)

 

※「被爆ハマユウ」:原爆投下から1ヵ月後、爆心地から約2.2km離れた比治山の広島女子商業高校〈陸軍船舶砲兵団衛生教育隊〈通称暁部隊〉が1500名駐屯していた)で焼けただれた球根から一枚の葉が出ているのを元兵長の尾島良平さんが見つけ、その後実家の鎌倉市で育てました。当時、隊員の食事を担当していた尾島さんは食材の買出しに出掛けた際に、広島市己斐町で農業を営む橋本一太さんから珍しいインドハマユウの株をもらい受け比治山の兵舎横に植えました。戦争が終わり原爆で吹き飛ばされたときに負った怪我を治し、11月に再び崩れた兵舎の前で亡き戦友を偲んで比治山に訪れた時に見付けたハマユウでした。その後ハマユウは元気に育ち、原爆にも負けない力は悪魔も打ち破るほどの勇ましさであると賞賛し、尾島さんはこの被爆ハマユウを「破魔勇」と書きました。そして世界から核兵器がなくなる日まで反核平和のシンボルとして全国、世界へ広める決意をしました。

1979年に尾島さんが亡くなった後は、御家族が被爆ハマユウを守り育て、1995年からは被爆ハマユウ・クラブが尾島さんの意思を引き継いで被爆ハマユウの普及に努めておられます。

<被爆ハマユウが贈られた場所>

広島平和記念公園(1969)

東京都上野公園内の東照宮境内:「広島・長崎の火」モニュメント横

神奈川県大船観音境内:被爆の慰霊碑近く

東京都立第五福竜丸展示館

東京大空襲・戦災資料センター

沖縄伊江島「命宝の家」反戦平和の資料館

福岡県星野村の故山本達雄さん宅

さいたまコープ南浦和プラザ

長崎県ララコープ

埼玉県原爆の図丸木美術館

広島YMCA2号館前(2006/8/4)

広島被爆ピアノ所有の矢川光則さんの工房

東京マイコー

コープこうべ協同学園

福岡県エフコープ

沖縄辺野古基地反対テント

韓国、台湾、マーシャル諸島スリランカベトナム、ネパール

 

※「原爆ドーム設計が取り持つチェコスロバキアからの友好のバラ」:1979年11月15日に同月12日に来日したチェコのシュトローガル首相から贈られたバラの苗木約100本が広島市に届いた。その内42本が動員学徒慰霊碑の元安川側に植えられた。

事の始まりは1978年12月にチェコのアロイス・インドラ連邦議会議長が原爆ドームを見学した際に設計者がチェコスロバキア人のヤン・レツル氏と知り「チェコとゆかりの深いドーム近くにぜひバラを植えたい」とバラの苗木を贈る約束が実現した。広島市も1979年2月に日本バラ協会中国支部会長を通じて日本産の〈かがやき〉,〈ふれ太鼓〉など6種18本のバラをチェコに贈った。

 

※「アンネフランクの形見(思い出)」:1989年頃、広島平和記念公園内『原爆の子の像』横の庭園に寄贈される。朱色のつぼみ、やがて黄色、そしてピンクに色が変化する色変わり種のバラ。

アンネフランクと同様に強制収容所に入れられた後、かろうじて生還したベルギーの育種家デルフォルグ氏が1947年に出版された『アンネの日記』に感動しその後8年越しに作出したバラ種で、アンネの遺志を伝えるために活動していた父オットーフランク氏に贈りました。その後1971年に平和の架け橋としてイスラエルに派遣されていた京都のキリスト教教会所属『しののめ合唱団』の牧師さんが偶然オットー氏と出会い、1972年12月25日朝「アンネフランクの形見」と名付けられたバラがオットー氏より届きました。今では京都府綾部市在住の山室さん父子によって育成され接ぎ木されたバラは平和への祈りのシンボルとして日本全土に1万株以上も贈られ咲き香っています。広島平和記念公園内の「アンネフランクの形見」は福山市ホロコースト記念館を通じて贈られました。

 

※「国際平和庭園」:『平和の時計塔』南側緑地帯

国際間の友好関係を促進する目的で1991年にアメリカ・ワシントンDCに設置された国際 平和庭園基金が毎年世界平和に貢献した都市を指名してプレートやチューリップの球根を寄贈している。2001年4月に指名された広島市ではそれ以降毎年 チューリップの球根を植えつけている。

アメリカ(1991)→ポーランド→ドイツ→ハンガリー→フランス→スロベニア南アフリカ→モザン ビーク→コスタリカ→オランダ→日本(2001)→オーストリア→イタリア→ギリシャキプロスアイルランド→スイス→ウクライナ→トルコ→ボスニアヘルツェゴビナ→・・・

 

国際平和庭園の起源は1940年ナチスドイツの侵略から逃れてイギリス、当時イギリス自治領であったカナダへ亡命し たユリアナオランダ女王の話に遡る。亡命先のカナダで三女のマルフリーテを産む時に、オランダの王位継承者はオランダ国内で誕生したものに限る。という法 律があったので、カナダ議会はマルフリーテの王女としての権利を守るため、ユリアナたちが滞在している病室をオランダの治外法権区域とする特別法を可決し マルフリーテの権利を保護した。ユリアナはこれに深く感謝し、戦後オタワにチューリップの球根を寄贈している。

 

 

《北海道・東北地方》

 

北海道 県の木・花:エゾマツ・ハマナス,被爆者の森に寄贈された樹木:ライラック

 

青森県 県の木・花:ヒバ・リンゴ,被爆者の森に寄贈された樹木:ニオイヒバ,動員学徒慰霊碑1校

 

岩手県 県の木・花:ナンブアカマツ・キリ,被爆者の森に寄贈された樹木:ナンブアカマツ,動員学徒慰霊碑2校

 

秋田県 県の木・花:アキタスギ・フキノトウ,被爆者の森に寄贈された樹木:ケヤキ

 

宮城県 県の木・花:ケヤキミヤギノハギ,被爆者の森に寄贈された樹木:ケヤキ,松島パークホテルを設計したチェコの建築家ヤン・レツル氏に宮城県知事から広島県知事に転任(1913)してきた寺田祐之氏が現・原爆ドームの設計を再度依頼した。

 

山形県 県の木・花:サクランボ・ベニバナ,被爆者の森に寄贈された樹木:サクランボ,動員学徒慰霊碑1校

 

福島県 県の木・花:ケヤキ・ネモトシャクナゲ,被爆者の森に寄贈された樹木:ケヤキ,動員学徒慰霊碑4校

 

北陸地方

 

富山県 県の木・花:タテヤマスギ・チューリップ,被爆者の森に寄贈された樹木:ケヤキ,動員学徒慰霊碑1校,「平和の鐘」は高岡市老子製作所で鋳造

 

石川県 県の木・花:アテ・クロユリ,被爆者の森に寄贈された樹木:アスナロ

 

福井県 県の木・花:マツ・スイセン,被爆者の森に寄贈された樹木:クロマツ,動員学徒慰霊碑4校

 

 

《関東地方》

 

茨城県 県の木・花:ウメ・バラ,被爆者の森に寄贈された樹木:シラウメ,動員学徒慰霊碑2校

 

栃木県 県の木・花:トチノキ・ヤシオツツジ,被爆者の森に寄贈された樹木:トチノキ,動員学徒慰霊碑1校

 

群馬県 県の木・花:クロマツレンゲツツジ,被爆者の森に寄贈された樹木:クロマツ,動員学徒慰霊碑5校

 

千葉県 県の木・花:イヌマキ・ナノハナ,被爆者の森に寄贈された樹木:イヌマキ,動員学徒慰霊碑4校

 

埼玉県 県の木・花:ケヤキサクラソウ,被爆者の森に寄贈された樹木:ケヤキ

 

東京都 県の木・花:イチョウ・ソメイヨシノ,被爆者の森に寄贈された樹木:イチョウ,動員学徒慰霊碑11校,東京大空襲:3/10~5/26(1945)死者数10万人以上

 

神奈川県 県の木・花:イチョウ・ヤマユリ,被爆者の森に寄贈された樹木:イチョウ,動員学徒慰霊碑6校

 

 

 

中部地方

 

 

新潟県 県の木・花:ユキツバキ・チューリップ,被爆者の森に寄贈された樹木:モッコク,動員学徒慰霊碑3校,※広島との歴史的関係①:初代広島城城主の毛利氏一族は越後国(現新潟県柏崎市)より安芸国高田郡吉田(現広島県安芸高田市)へ入封→(山口県の記載へ)

 

長野県 県の木・花:シラカバ・リンドウ,被爆者の森に寄贈された樹木:ケヤキ,動員学徒慰霊碑1校,松代大本営跡地,※広島との歴史的関係④:(愛知県の記載から)→福島正則が広島へ入封後、洪水(1619/6)で損壊した広島城を無断改修した武家諸法度違反を咎められ上信濃国川中島藩(現長野県)に減転封される→(和歌山県の記載へ)

 

山梨県 県の木・花:カエデ・フジザクラ,被爆者の森に寄贈された樹木:イロハモミジ,動員学徒慰霊碑6校

 

静岡県 県の木・花:モクセイ・ツツジ,被爆者の森に寄贈された樹木:キンモクセイ,動員学徒慰霊碑62校

 

愛知県 県の木・花:ハナノキ・カキツバタ,被爆者の森に寄贈された樹木:ハナノキ,動員学徒慰霊碑23校,※広島との歴史的関係③:(山口県の記載から)→その後、尾張国清州(現愛知県)より福島正則が広島へ入封→(長野県の記載へ),名古屋大空襲:3/12~5/14(1945)死者数7858人

 

岐阜県 県の木・花:イチイ・レンゲ,被爆者の森に寄贈された樹木:イチイ,動員学徒慰霊碑1校

 

三重県 県の木・花:ジングウスギ・ハナショウブ,被爆者の森に寄贈された樹木:イチョウ,動員学徒慰霊碑2校

 

 

 

近畿地方

 

滋賀県 県の木・花:モミジ・シャクナゲ,被爆者の森に寄贈された樹木:ヤマモミジ,動員学徒慰霊碑2校

 

京都府 県の木・花:キタヤマスギ・シダレザクラ,被爆者の森に寄贈された樹木:シダレザクラ,動員学徒慰霊碑5校

 

大阪府 県の木・花:イチョウ・ウメ/サクラソウ,被爆者の森に寄贈された樹木:イチョウ,動員学徒慰霊碑34校,大阪大空襲:3/13~6/26(1945)死者数1万人以上

 

兵庫県 県の木・花:クスノキ・ノジギク,被爆者の森に寄贈された樹木:クスノキ,動員学徒慰霊碑3校

 

奈良県 県の木・花:スギ・ナラヤエザクラ,被爆者の森に寄贈された樹木:ヤエザクラ,動員学徒慰霊碑1校

 

和歌山県 県の木・花:ウバメガシ・ウメ,被爆者の森に寄贈された樹木:ウバメガシ,動員学徒慰霊碑1校,※広島との歴史的関係⑤:(長野県の記載から)→広島は福島正則に代わって紀州藩(現和歌山県)より浅野長晟が入封しその後廃藩置県まで浅野藩が継続した。(終)

 

 

 

 

《中国・四国地方

 

鳥取県 県の木・花:ダイセンキャラボク・ナシ,被爆者の森に寄贈された樹木:ナシ

 

島根県 県の木・花:クロマツ・ボタン,被爆者の森に寄贈された樹木:クロマツ,動員学徒慰霊碑2校,原爆投下直後浜田連隊からの救護活動,雲南市三刀屋町長崎市永井隆記念館の姉妹館「雲南市永井隆記念館」開館(1970)

 

岡山県 県の木・花:アカマツ・モモ,被爆者の森に寄贈された樹木:アカマツ,動員学徒慰霊碑6校,原爆が落とされた翌日に日本銀行岡山支店より五十嵐支店長の要請で外科医2名を含む救助隊派遣8月8日未明到着(11日までに本店、大阪、神戸、門司支店からも応援)

 

広島県 県の木・花:モミジ・モミジ,被爆者の森に寄贈された樹木:ヤマモミジ,広島大学の森戸学長が世界に呼びかけて贈られたものと己斐植林組合が植えたメタセコイア白神社前にあり(1957),庄原市七塚原実習農場よりトチノキ(1958),動員学徒慰霊碑80校,広島市出身の大木惇夫氏の作詞、茨城県水戸市出身の佐藤眞氏の作曲による「混声合唱とオーケストラのためのカンタータ〈土の歌〉終曲:大地讃頌」(1962),広島平和記念公園内の平和祈念慰霊国民大祭記念碑「祈り」の碑文「平和を祈り御霊を鎮めん」も大木氏による。(1960/8/15)

 

山口県 県の木・花:アカマツ・ナツミカン,被爆者の森に寄贈された樹木:アカマツ,動員学徒慰霊碑24校,※広島との歴史的関係②:(新潟県の記載から)→関が原の戦い(1600)で西軍の総大将として参戦し敗戦した毛利輝元は防長2国(長州藩・現山口県)に減封された→(愛知県の記載へ)

 

香川県 県の木・花:オリーブ・オリーブ,被爆者の森に寄贈された樹木:オリーブ,小豆島池田町長より平和の木オリーブが贈られ「オリーブの森」として被爆者の森の隣に植えられる。(1971),動員学徒慰霊碑1校

 

愛媛県 県の木・花:マツ・ミカン,被爆者の森に寄贈された樹木:クロマツ,動員学徒慰霊碑1校,今治市で小・中を過ごした丹下健三氏が広島平和記念公園を設計した。(他に代々木第一体育館東京カテドラル聖マリア大聖堂東京都庁舎・香川県庁等)

 

徳島県 県の木・花:ヤマモモ・スダチノハナ,被爆者の森に寄贈された樹木:ヤマモモ,動員学徒慰霊碑3校

 

高知県 県の木・花:ヤナセスギ・ヤマモモ,被爆者の森に寄贈された樹木:シラカシ

 

 

 

 

《九州地方》

 

福岡県 県の木・花:ツツジ・ウメ,被爆者の森に寄贈された樹木:モチノキ,動員学徒慰霊碑2校,八女市星野村「平和の塔」に原爆による唯一の現存する火種「平和の火」あり。

 

長崎県 県の木・花:ヒノキ・ツバキ/ウンゼンツツジ,被爆者の森に寄贈された樹木:ヤブツバキ,動員学徒慰霊碑9校

 

佐賀県 県の木・花:クスノキ・クスノキ,被爆者の森に寄贈された樹木:クスノキ

 

大分県 県の木・花:ブンゴウメ・ブンゴウメ,被爆者の森に寄贈された樹木:ブンゴウメ,動員学徒慰霊碑5校,※広島との歴史的関係⑥:大分県から転任してきた県令(現知事)の千田貞暁氏が当時、琵琶湖工事と並ぶ日本の二大工事と言われた宇品港建設を指揮し、その後日清・日露戦争での大陸への拠点となる港となり広島が以後軍都として発展する礎となる。

 

熊本県 県の木・花:クス・リンドウ,被爆者の森に寄贈された樹木:クスノキ,動員学徒慰霊碑1校

 

宮崎県 県の木・花:フェニックス・ハマゴウ,被爆者の森に寄贈された樹木:フェニックス,動員学徒慰霊碑1校

 

鹿児島県 県の木・花:クス/カイコウズ・ミヤマキリシマ,被爆者の森に寄贈された樹木:カイコウズ,動員学徒慰霊碑11校

 

沖縄県 県の木・花:リュウキュウマツデイゴ,被爆者の森に寄贈された樹木:カンヒザクラ,動員学徒慰霊碑16校,沖縄戦:3/26~6/23(1945)死者数20万人に上る(詳細は別途)