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恐怖体験?
はじめまして。
広島平和記念公園で碑巡りなどの平和のボランティアガイドをしているHiroakiです。
お客様との日々のガイド活動で感じた事などを中心に書いていく予定です。
今日は、広島平和記念公園について書こうと思います。
私はこの公園近くに住んでいて5、6年目になります。その前は広島市の西区であったり、安佐南区であったり振り返ってみますと、色々な場所で暮らして来て、自分でもそこそこ中級程度の引越し魔だったのではないかと思っています。
今まで20回近く引っ越しして来たので、そう考えると今住んでいる場所はけっこう長く住んでいる方だと思います。
さてそんな住み家の場所柄、日頃の買い物はどうしても八丁堀付近になるので毎日、広島平和記念公園を行き来することになります。
よくガイド仲間に、
いつも公園にいるのを見かけるね、なかなか勉強熱心なのですね。
と誤解される場合が多いのですが、実際は単なる日常の生活圏として毎日通行しなくてはならない道だったのでした。
わざわざ街へ行くのに平和大橋を迂回して行くのもへんだしなあ。
そういう訳なので、ほぼ毎日公園内を往復しているわけです。
毎日歩いているので、日々の公園内の変化に気付いたりすることもあり
一度、仕事の都合で帰宅時間が遅くなって真夜中に公園を通った時のことでした。
その日は雨が夜半頃より降り始め、私も傘を差してはいましたが少し足早に慰霊碑前を通ったのです。
辺りは真っ暗闇で雨は降っているしで人の気配もありませんでした。いや、ないはずだったのです。
ところが、慰霊碑の献花台のところ左右に何か大きな物体が二本、雨が降っていて傘も差しているし初めはよく見えなかったのですが、何か立っているわけです。
あの、けっして幽霊の話ではございませんよ。
どうぞ御安心ください。
あーっ、
と心の中で驚いたのでした。
真っ暗闇の中、慰霊碑前の献花台の上に長い棍棒を持って雨の中、傘も差さずに機動隊員が二名、直立不動で立っていたのでした。
なぜ、こんな真夜中に?何目的なんだろう?
と思ったものの、その場で立ち止まることは憚られる気がしたので
さらにスピードを上げて、しかし逃げる風ではなく、通り過ぎたのでした。
逃げたらゼッタイ追いかけられそうだ。
うしろめたいことは何もしてないわけだから逃げる必要もないのですが
なんとなく時間帯も時間帯だし、暗闇の中に長い棍棒を握った運慶・快慶のような
上から下まで黒尽くめの機動隊員はそれ程無言の威圧感があったわけです。
久々にホンキのオーラ見たわ。
そこ立っちゃいけないでしょ、献花台に。
とは間違えても言えない状況なのでした。
そりゃ、仁王立ちで機動隊員が雨、嵐関係なく夜を徹して警護する訳だわ。
機動隊員の皆様、警護大変ご苦労様でした。
という様な、日々の変化を体験できるのも広島平和記念公園近くに住んでいるならではの恩恵?かもしれませんね。
棍棒持った運慶・快慶、
まじ怖かった。
全国からの贈り物
はじめまして。
広島平和記念公園で碑巡りなどの平和のボランティアガイドをしているHiroakiです。
お客様との日々のガイド活動で感じた事などを中心に書いていく予定です。
先月は日頃のガイド活動を充実させるための課外研修に行って参りました。
といっても、原爆に関する樹木を見に一人ぶらぶら散歩に出掛けただけなのですが。
書物や資料で知ったつもりでいても実際にどうなっているのかを、出来るだけ
自分自身の目で確かめた方がガイドをする時の何かしらのきっかけに役立ったり、
説得力を増すガイドになると日頃から思っていたので、天気も良いし私の自宅からは少し遠出の散歩となりました。
平和記念公園より東へ30~40分歩いた所に『被爆者の森』という区画が平和大通りを挟んだ両側緑地帯にあります。
その緑地帯には全国から広島へ贈られて来た各都道府県の木が植えられています。
北は北海道から南は沖縄まで全国からその地にちなんだ樹木が贈られて植えられているのだそうです。
その樹木について、私たちガイド仲間の内でもささやかれている事のひとつに
始めは全部の木が揃っていたが、今現在は何本か枯れていて全国からの樹木は揃っていない。
という噂がありました。
私は丁度、その『被爆者の森』に関する資料を最近手に入れていた事もあって、
実際はどうなっているものか、見に行こうと考えたのです。
いえ、本当は当初『被爆者の森』の位置だけ確認して帰って来ようと思っていたのでした。
平和記念公園からその場所に直接通じるバス路線もないし、資料に掲載されている樹木は1道1都2府43県の本数ですから、
とても全部の樹木を確認して、さらに自宅からだと片道50分の道のりの往復の散歩は
正直しんどいと思っていたからです。
自宅から八丁堀周辺などは毎日仕事や用事とかで出掛けていて、充分徒歩圏内なのでさして苦労はないはずですが、いつもと違うルートの平和大通りを真っ直ぐ東へ進む道は遠い、実に遠い。
いくら歩いても、それらしき緑地帯が視界に入ってこないのです。
目的地の場所がはっきりしない散歩はとても疲れるものでしたが、もみじ饅頭の「にしき堂」を越えた辺りからそれらしき緑地帯が現われて、やっと『被爆者の森』へたどり着く事ができました。
ふーっ、やっと着いた。
福山通運の前辺りに案内板の設置もあって何県の何々とい樹木は何処に植えられているといった表と地図が書かれていて、とても分かり易い案内板でした。
さてと、場所も分かったし、当初の予定通り帰ろうかなと思ったのでしたが、
いやいや、待てよ。
もうこんな遠い所、二度と歩いては来たくないな。
案内板に全ての樹木の位置が書かれているし、全部枯れずに樹木があるかどうか
確認してみようか。
もう既に、来た道を10メートルくらい帰りかけた道中に思い直したのです。
既にここまで50分くらいの道のりを歩いて疲れていたのですが、このまま何の成果も上げずに帰るのももったいない気がしたのです。
どうせ、疲れるならここまで来たんだから、もうひと仕事しようか。
ガイドの仲間内でささやかれている真相を確かめる決心をしたのでした。
案内板が分かり易い事も手伝って、各樹木には県名のプレートが付いていたので
意外と楽に確認でき、しかも探す道中がとても楽しく感じました。
長崎県の樹木は付いているプレートがその樹木の茂みの中に隠れていて、地図上では確かこの位置にあるはずなんだけどと何度も探してやっと見付け、ああこんな所にいたんだね。なんて。
さて、噂の真相は?
全国の皆様どうぞ、ご安心下さいませ!
全国から広島の地に贈られてきた樹木は
すべて元気に育っております。
(2015年9月現在)