読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

修学旅行シーズン

はじめまして。

 

 

広島平和記念公園で碑巡りなどの平和のボランティアガイドをしているHiroakiです。

お客様との日々のガイド活動で感じた事などを中心に書いていく予定です。

 


今日は修学旅行の高校生達をご案内しました。
これから秋のシーズンは全国から集まる修学旅行生のご案内が多くなって参ります。
本日の広島平和記念公園は様々な学校の学生服姿が目立ち、夏過ぎまで続いた一般のお客様の見学ラッシュ後のわずかな小休止をはさんで、次の繁忙期に入った感がします。

 

実は、今日ご案内した学校は昨年も同時期に広島へ修学旅行で来ておられ、そのとき私も一緒にガイドしてまわった学校だったのです。
私は毎回、ガイド後の感想メモを書いているのですが、一年前の私のメモには

 

『サイコー!』

とだけ書かれておりました。

何がサイコーだったのかというと、これはハッキリと覚えていて、ガイドした生徒さん達の素直さが印象的で、一生懸命に私の説明を聞いてくれ共感してくれたという記憶が残っていました。

具体的に言うと少々恥ずかしいのですが、ガイド最後で巡った被爆樹木アオギリの解説で、

 

『原爆によって親も子どもも兄弟も、恋人も家も財産も何もかも失った広島の人達はね、75年間草木も生えないと言われた広島の地に芽を吹き返した、木や花に生きる希望をもらって大変勇気付けられたそうですよ。あなた達もこれからの長い人生で辛く苦しい時があるかもしれないけれど、そんなときはきっと木や花が助けてくれることでしょうから大事にしましょうね。』

と締めくくったとき生徒の一人が、

 

『ガイドさんメッチャ泣きそうになったー』

と素直に表現してくれたのです。

そしてその生徒さん達との別れ際に手を振ってもらって

 

『ガイドさん長生きしてくださいネー!』

とまで言われたのでした。

私は心の中で、

 

「いや、まだそんな心配されるような年ではないんだけどな。」

 

と思いながらも生徒さん達の思いやりの言葉に相槌を打ってその場を後にしました。

 


そんな一年前の良い印象が残っていたので、今回もこの学校のガイドを引き受けたいと思っていました。
過去の良い印象、そうでない印象などで学校の先入観を持って迎えることはガイドとして、ある意味危険で戒めるべき態度ですが、生徒さん達の純真さに心打たれた思い出深い学校だったわけです。

 


さて、同じ学校とはいえ今回ご案内する生徒さん達は一年前とは当然違う生徒さん達ですから、しかしいつも通りのガイド進行で碑巡りをしていきました。

 


正直言うと当初、生徒さん達はあまり乗り気ではないような感じだったので、いつものコースを変えて単調に解説を聴かせるガイドより、実際に体験させたり考えさせたりしながら進むコースでご案内しました。

 

そうすると、彼らは学校の自前学習で結構な時間数を広島についての勉強を積んでいたり、広島平和記念公園までの観光バス車中でバスガイドさんからの解説を既に聴いていたりで、この広島の地に来てまで知識を再度上塗りして説教のように聴かされる解説はウンザリだったのでしょう、体験を通して考えさせながらのガイド方式に生徒さん達の目が輝いてくるのが明らかでした。

 

こうして、一時間のガイドを終え最後に一人一言づつ感想を言ってもらったときに、一番うれしかったのが、

 

『本やネットの情報だけでは分からない、実際に広島に来て分かった事がいっぱいありました。』や

 

『広島の原爆を勉強することは、これからの自分達の将来に役立つ事を学ぶ事と一緒だということが分かりました。』

という言葉でした。

 

私は日頃、広島平和記念公園の碑巡りや広島平和記念資料館の解説を通して広島の実相を伝え平和に寄与するガイドを心掛けていますが、特に修学旅行生の生徒さん達にはそれプラス、広島の原爆を学ぶ事でそれを生徒さん達各々の自分自身の未来に活かせるような方向性でガイドをしています。

他人から与えられた机上の知識だけでなく実際に現地に足を運んで自ら体験し考えることによって、自分だけの新しい発見が生まれてもっと勉強して知りたいと思えるようになる事が本当の勉強なんだよ、という事を口で言わないで私のガイドを通した体験で生徒さん達が感じ取ってくれれば百点満点なのです。


ああ、今年も私の思いが生徒さん達に無事伝わったなと、安心してメモ帳に

 

『サイコー!今年もまた。』と付け加えることでしょう。

 


これだからガイドは辞められないっ!

広告を非表示にする